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最高裁判所大法廷 昭和35年(オ)924号 判決 1963年10月30日

判   決

奈良県吉野郡吉野町西谷七五六番地

上告人

西林俊一

右訴訟代理人弁護士

大原篤

北逵悦雄

猪俣浩三

伊藤和夫

同県同郡大淀町下淵七八九番地の二

被上告人

北村幸作

右当事者間の貸金請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三五年四月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人猪俣浩三、同伊藤和夫の上告理由第一点について、

弁護士法二五条一号において、弁護士は、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件については、その職務を行つてはならないと規定している所以のものは、弁護士がかかる事件につき弁護士としての職務を行うことは、さきに当該弁護士を信頼して協議又は依頼をした相手方の信頼を裏切ることになり、そして、このような行為は弁護士の品位を失墜せしめるものであるから、かかる事件については弁護士の職務を行うことを禁止したものと解せられる。従つて、弁護士が右禁止視定に違反して職務を行つたときは、同法所定の懲戒に服すべきはもちろんであるが(同法五六条参照)、かかる事件につき当該弁護士のした訴訟行為の効力については、同法又は訴訟法上直接の規定がないので、同条の立法目的に照して解釈により、これを決定しなければならない。

思うに、前記法条は弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするものであることは前述のとおりであるから、弁護士の遵守すべき職務規定に違背した弁護士をして懲戒に服せしめることは、固より当然であるが、単にこれを懲戒の原因とするに止め、その訴訟行為の効力には何らの影響を及ぼさず、完全に有効なものとすることは、同条立法の目的の一である相手方たる一方の当事者の保護に欠くるものと言わなければならない。従つて同条違反の訴訟行為については、相手方たる当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解するのが相当である。

しかし、他面相手方たる当事者において、これに同意し又はその違背を知り若しくは知り得べかりしにかかわらず、何ら異議を述べない場合には、最早かかる当事者を保護する必要はなく、却つて当該訴訟行為を無効とすることは訴訟手続の安定と訴訟経済を著しく害することになるのみならず、当該弁護士を信頼して、これに訴訟行為を委任した他の一方の当事者をして不測の損害を蒙らしめる結果となる。従つて相手方たる当事者が弁護士に前記禁止規定違反のあることを知り又は知り得べかりしにかかわらず何ら異議を述べることなく訴訟手続を進行せしめ、第二審の口頭弁論を終結せしめたときは、当該訴訟行為は完全にその効力を生じ、弁護士法の禁止規定に違反することを理由として、その無効を主張することは許されないものと解するのが相当である。

本件において、被上告人の第一、二審の訴訟代理人である弁護士戸毛亮蔵の訴訟行為が弁護士法二五条一号に違反するものとしても記録によれば、戸毛弁護士の被上告人の訴訟代理人としての訴訟行為について、上告人から異議を述べた形跡は全然なく、しかも、上告人本人は戸毛弁護士の右弁護士法の禁止規定に違背する事実の存在について、これを熟知しているものと認められるから、弁護士戸毛亮蔵の訴訟行為が弁護士法二五条一号に違反し無効であるとの論旨は到底採るを得ない。

同第二、三点について

所論は、原審が適法にした証拠の取捨判断事実認定を非難するものであつて、採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一、同山田作之助、同横田正俊の意見および裁判官石坂修一の反対意見あるほか、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。

上告人代理人猪俣浩三、同伊藤和夫の上告理由第一点について。

論旨は被上告人の第一、二審の訴訟代理人である弁護士戸毛亮蔵の訴訟行為は弁護士法二五条一号に違反し無効であるという。

弁護士法二五条一号は、弁護士が相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件について弁護士の職務を行うことは、相手方の信頼を裏切ることであり、かかる行為は弁護士の品位を失墜せしめるものであるから、かかる事件について弁護士の職務を行うことを禁止したものと解せられる。かかる禁止規定に違反した弁護士については、同法五六条により懲戒に服せしむべきは勿論であるが、かかる事件につき当該弁護士のした訴訟行為の効力については同法又は訴訟法上直接の規定がないので、同条の立法目的に照しこれを定めなければならない。

思うに、民訴七九条によれば、法令によつて裁判上の行為をなすことを得る代理人のほか、地方裁判所以上では弁護士でなければ訴訟代理人となることができないところ、弁護士法二五条により当該事件につき職務の執行を禁止されている弁護士は、当該事件については適法に訴訟代理人となる資格を欠くものであるから、訴訟代理人としてなした同人の訴訟行為は無効であるといわねばならない。

しかし、右規定は前記の如く当該事件につき弁護士の職務を行わせることは、さきにその弁護士を信頼して事件の協議又は依頼をなした相手方たる当事者の信頼を裏切ることになるから、その職務の執行を禁止するというのがその立法の理由である。そして相手方たる当事者は、さきに自ら右弁護士に対し事件の協議又は依頼をした者であるから、当然右弁護士の訴訟代理の違法であることを知つているわけであり、それにもかかわらず何ら異議を述べることなく訴訟手続を進行せしめ、第二審の口頭弁論を終結せしめた場合は、相手方たる当事者は黙示的にその違法を許容したものと認めるのが相当である。従つてかかる場合は、当該弁護士の訴訟代理に関する違法は補正されたものと解すべきであり、相手方たる当事者において当該弁護士の訴訟代理人としての訴訟行為が前記弁護士法の禁止規定に反し無効であるとして上告をすることは民訴三九五条一項四号、二項の類推により、許されないものと解するのが相当である。

前記弁護士法の禁止規定の効力を一種の弁論能力の制限と解し、裁判所がこれを排除して始めて、その訴訟行為を無視し得るに過ぎず、裁判所がこれを排除しない限り、その効力は妨げられることなく、当事者の異議は右裁判所の排除措置の職権発動を促す意味を持つに過ぎないと解することは正当でない。

けだし、当該弁護士と雖も、訴訟手続に関して現実に訴訟行為をするに必要な能力、すなわち演述能力を欠くものではないからである。

また、弁護士法二五条は弁護士の職務規律を定めたものであり、その違反は単に懲戒の原因となるに止り、当該弁護士のした行為の訴訟法上の効力になんらの影響を及ぼすものでないとの説も採り難い。けだし、例えば同条四号に違反して、裁判官、検察官として職務上取り扱つた事件について、弁護士として職務を行う場合には種々の弊害が考えられるのであるが、かかる場合にも裁判所はその行為の排除を為すこともできず、その訴訟行為を完全に有効なものとして、是認しなければならないとすることは著しく不当であり、裁判官の除斥原因を定めた民訴法三五条五号の規定や上告理由及び再審事由を定めた民訴法三九五条一項二号、四二〇条一項二号の規定の趣旨とも矛盾することになるからであり、そして弁護士法二五条本文の「その職務を行つてはならない」という禁止規定違反の訴訟法上の効力につき、同条四号違反の場合と他の各号違反の場合とで解釈を二、三にすべき文理上の理由もないからである。

本件においても記録を精査するも、戸毛弁護士の被上告代理人としての訴訟行為につき、上告人から異議を述べた形跡は全然ない。従つて所論は採るを得ない。

裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。

上告代理人猪俣浩三、同伊藤和夫の上告理由第一点について。

弁護士法二五条は、弁護士は相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を受託した事件(同条第一号)については、その職務を行つてはならない旨を規定し、これらの事件について、その弁護士は、適法なる訴訟代理人となる資格がないことを明示しているのである。(私法上の代理関係についても同様と解する)従つて、同条の禁止に違反して為されたる訴訟行為は、代理資格のないものの為した訴訟行為として、当然違法無効であるといわなくてはならない。けだし、弁護士法二五条の法意は、弁護士は、司法、特に訴訟運用の面において、裁判所の下に、その一翼を負担しているもので、その職務は、公益的性質を有し、その任務が厳正公正に行われることが要請せられているのである。いま、弁護士が、甲より協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾している事件につき、甲の反対の立場にある乙より、さらにその事件を頼まれたる場合、これを引受け乙のために訴訟行為を為すが如きは、甲に対する背任背信の所為であるばかりでなく、かかる背信的行為が、弁護士によつてなされること自体が、一般弁護士全体に対する世人の信頼、信用を失わしめ、引いては、司法が公正に運営されることに対する世人の信頼を妨げる結果を生ぜしめる一因となるおそれなしとしないからである。であるから、特に、これら弁護士の背信行為を禁止し、その禁をおかして為されたる訴訟行為は、当然無効としたるものと解すべきである。かく解することにより、前示のような背徳的弁護士に善意で事件を依頼したものが、その弁護士の為した訴訟行為がすべて無効となる結果を生じ、不測の損害を蒙むるべきことも考えられるが、それは、その弁護士につき損害賠償の請求をするとか、他にその損害填補の途を講ずべきであり、このことのため、その弁護士の為したる訴訟行為が違法無効であるとすることを変ずることは出来ない。

しかしながら、翻つて思うに、本来、訴訟当事者は、いかなる場合においても、司法が公正にかつ適法に運用されることに、協力する責務あることはいうまでもないのであるから、本件のような場合、すなわち、当事者の一方において、相手方代理弁護士に弁護士法二五条違反の事実あることを知るに拘らず、あえてこの点を裁判所に申出でるのでもなく第一審はおろか、第二審口頭弁論終結に至るまで、この事実を秘し、相手方弁護士をして自由にその訴訟行為を為すことを許容しておきながら、第二審を終結したる後において、その二審判決の結果が面白くないとして上告をなし、しかも、その不服の理由の一として上告審に至つて、はじめて、相手方弁護士に弁護士法二五条違反の事実あることを開示し、因つて、その代理権を否認し、同人の為した訴訟行為を無効なりとして、原審判決の破棄を求むるが如きは、訴訟法上許されざると解すべきである。なんとならば、かくの如き申立は、前示訴訟当事者に課せられている訴訟が公正適法に遂行されることに協力すべき責任に著しく違反する行為であるばかりでなく、信義誠実の原則、殊に禁反言の法理に照し、裁判所としては到底採用することが出来ないからである。しからば、その弁護士の為したる訴訟行為は、当事者においては、もはやその効力を争うことを許されざることに帰したるものとして取扱わるべきものであるから、その違法無効を理由として為されたる本件上告は棄却さるべきものである。

裁判官横田正俊の意見は次のとおりである。

上告代理人猪俣浩三、同伊藤和夫の上告理由第一点について。

所論の要点は、弁護士法二五条一号に違反した訴訟行為は無効であるというにあるが、その適否を判断するには、同条所定のその他の場合、ことに右一号と同種又は類似の関係にある同条二号又は三号に違反した行為の効力の問題を併せ考えることが相当であると考える。

(一)  思うに、弁護士法二五条(以下法二五条という)が、弁護士は(一)相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件(同条一号)、(二)相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの(同条二号)、(三)受任している事件の相手方からの依頼による他の事件(同条三号)、については、その職務を行つてはならない旨を規定しているのは、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、その使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持等に努力すべき弁護士の職務の公共性にかんがみ、弁護士たる者が前示のごとき事件についてその職務を行うことは、その品位と信用を失墜するとともに、弁護士がさきに協議を受け又は事件の依頼を承諾した者(以下相手方という)の利益を害するおそれがあるからであると解される。もつとも、法二五条が職務の執行を禁止している理由を、右各号について更にし細に検討すれば、右三号については、それが自己が受任している事件とは異なる他の事件に関するものであるところからみて、相手方、すなわち、すでに受任している事件の依頼者の保護ということに重点がおかれているのに対し、右一号及び二号については、相手方の保護もさることながら、協議をうけ又は依頼を承諾した事件そのものについて、相手方と反対の立場にある者のために職務を行うがごときこと(俗なことばで言えば敵側にまわること)は、弁護士の品位、信用の保持上許し難いということに重点がおかれていることが看取されるのである。すなわち、法二五条は、三号の事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合には、弁護士はその職務を行うことをうる旨を規定しているが(同条但書)、同条の他の各号の事件については、同様の規定をなんら設けていないのであり、したがつて、一号又は二号の事件については、相手方の同意がある場合においても、弁護士たる者はその品位、信用を保持するため、その職務を行つてはならないというのが、法二五条の法意であると解せられるのである。(このことは法二五条四号又は五号の事件についてはさらに顕著であり、弁護士は、たとえば、裁判官又は仲裁人として取り扱つた事件については、右事件の当事者の一方の同意がある場合においても、他の一方のためにその職務を行つてはならないと解すべきことは、何人も異論のないところであろう。)

(二)  しかしながら、弁護士が法二五条に違反していた行為の効力については、他に別段の規定がないので、法二五条の趣旨を探究してこれを判定するほかはない。

私は、以下述べる理由により、法二五条は弁護士がその職務を行うについて遵守すべき職務規律を定めたものであり、その違反は、単に懲戒の原因(法五六条)となるに止まり、弁護士がした行為の訴訟法上の効力にはなんらの影響を及ぼすものではないと解するのが相当であると考える。

(い)  相手方の保護ということだけに徹するならば、法二五条を効力規定と解し、これに違反する訴訟行為を当然に無効のものとするに如くはないが、この無効論は、同条各号の事件の依頼者に不測の損害を及ぼし、また、弁護士による訴訟代理の原則を採用している民事訴訟法の法意にも反する結果となつて妥当ではない。けだし、法二五条一号ないし三号所定の事情の有無、同条三号の事件に関する相手方の同意の有無などは弁護士と相手方との内部的な問題であり、第三者である事件の依頼者としては、これを正確に了知することは必ずしも容易ではないのに、その者の依頼に基づき弁護士がした訴訟行為が、それらの事実の有無により左右されるものとすることは、事件の依頼者に不測の損害を及ぼすこととなるからである。ことに、その弁護士のした訴訟行為一切を無効なものとするときは、たとえばその弁護士による訴(本訴又は反訴)の提起も無効となり、事件の依頼者において時効により権利を喪失する等の回復しえない損害をこうむることもありうるのである。また、弁護士による訴訟代理の制度の趣旨から考えても、非弁護士の訴訟行為とは異なり、真正の弁護士の訴訟行為は、みだりにこれを無効とすべきでない。もし、それにもかかわらず、法二五条違反の行為を無効とする建前を敢て採用しようというのであればこれによつて事件の依頼者がこうむる不利益を緩和し、弁護士と依頼者の関係を調整し又はある程度において訴訟手続の安定性を保障する等の救済規定を用意するのが当然であると考えられるが、弁護士法その他にそのような規定がなんら設けられていないところからみても、法二五条をもつて効力規定とする趣旨ではないと解するのが相当である。

(ろ)  多数意見は、法二五条一号違反の行為を懲戒の原因とするに止め、これを完全に有効なものとすることは、相手方たる当事者の保護に欠けるという理由から、同条一号違反の訴訟行為については、右当事者はこれに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めうるともいい、また、右当事者において異議を述べないで第二審の口頭弁論を終結させたときは、違反行為は完全に効力を生じ、右当事者は、もはや、その無効を主張しえないとも説いており、これはさきの最高裁判例(昭和三〇・一二・一六、第二小法廷判決、民集九巻二、〇一三頁)とほぼ同趣旨に出たもののように解されるが、右最高裁判決におけると同様、その訴訟法的な理由づけが必ずしも明らかにされていないばかりでなく、相手方たる当事者が異議を述べた場合の効果が明らかでなく、その前段の説示によれば(イ)異議があつても、裁判所は当該弁護士の訴訟活動を将来に向つて禁止しうるに過ぎないとするもののようであるが、後段の説示によれば(ロ)異議を述べることにより当該弁護士の訴訟行為一切の無効を主張しうるとするもののようでもあり、その趣旨はあいまいである。

しかし、いずれにせよ、法二五条一号の違反は、相手方の同意、いわんや異議の有無により是正されるものではないとする前示(一)の私見に反するばかりでなく、右(ロ)の見解が採られているとすれば、それが相当でないことは、前示(二)の(い)において無効論に関し述べたところに照し明らかである。要するに、本件訴訟行為をもつて無効と解すべきではないとする多数意見の結論には同調するが、その理由づけには、とうてい賛意を表し難い。

(は)  奥野裁判官の意見によれば、法二五条により職務の執行を禁止されている弁護士は、当該事件につき訴訟代理人となる資格を欠くものであるから、その訴訟行為は違法であるが、相手方たる当事者が異議を述べないで第二審の口頭弁論を終結させたときは、相手方の黙示の許容により、当該弁護士の訴訟行為の違法は補正され、民法法三九四条一項四号、二項の類推により、右違法はもはや絶対的上告理由ともならないというのであり、右意見は、訴訟法的な理由づけがある点において多数意見より優れているが前示(一)の私見に反する点においては多数意見と同じであり、右私見を前提とすれば、相手方たる当事者が異議を述べないことにより行為の違法が補正されることはありえないこととなる。(しこうして、法二五条違反が訴訟代理人となる資格に関するものであるとすれば、それは職権調査事項であり、その資格の欠缺は絶対的上告理由となるものと解されるから、右違反に関する主張を第二審の口頭弁論の終結までに制限する理由もないこととなる)また、奥野裁判官の意見を採用すれば、当事者が異議を述べたときは、当該弁護士の訴訟行為は、訴訟代理人たる資格を欠く者の行為としてすべて無効であると解するほかはなく、この結論が相当でないことは前述したとおりである。

(に)  要するに、法二五条は単なる職務規律であり、その違反は懲戒の原因となるに止まるものと解するほかはないが、この見解は相手方の保護に欠けるきらいがあるとの批判を免れないであろう。しかしながら、現行弁護士法の下においては、弁護士会の自治が確立され、弁護士会による懲戒の制度が整備されていることを見逃してはならない。すなわち、旧弁護士法(昭和八年法律五三号)においては、弁護士会は司法大臣の監督下にあり、弁護士懲戒の手続も、検事長の申立により控訴院に設けられた懲戒裁判所において行われることとされていたのに対し、現行弁護士法においては、弁護士会に対する監督の制度は廃止され、弁護士会は、その自治の作用として、弁護士に対する懲戒の権限をも有することとなると同時に、何人も、弁護士について懲戒の事由があると思料するときは、その弁護士の所属する弁護士会にこれを懲戒することを求めることができるものとされている(法五八条)のである。そして、法二五条違反のごとき問題は、当該事件の受訴裁判所において、職権調査事項として又は相手方たる当事者の異議の申立に基き、違反事実の有無を審査した上、訴訟法上の問題として処理することは適当なことではなく、弁護士会内部の規律の問題として、懲戒手続により処理されるのが相当であり、この懲戒手続が適切に運用されることにより又は当該弁護士の反省により、法二五条違反の状態が是正され、その結果、相手方たる当事者の利益も保護されることが期待されるのである。現実の問題として、弁護士のあり方又は弁護士懲戒制度の実績について批判があるとしても、その是正は別に考究されるべきであり、そのことあるがために法二五条の解釈をを二、三にすべきではない。

以上の理由により、法二五条一号は、単なる職務規律を定めたものであり、その違反は、弁護士の行為の訴訟法上の効力にはなんらの影響を及ぼすものではないと思料する次第である。

本件記録によれば、上告人は、原審において本件訴訟行為が法二五条一号に違反し無効であるとの主張をした形跡はなく、しかも、右違反の有無が職権調査事項に係わるものでないことも明らかであるから、所論は、原審において主張、判断のない事項を論難するに帰し、適法な上告理由と認めることはできない。

裁判官石坂修一の反対意見は次の通りである。

弁護士法二五条一号の解釈に関する多数意見には賛同し得ない。

わたくしは、当裁判所第三小法廷が先にこの点に関し示した判断(昭和三一年(オ)第一四八号同三三年一二月二四日、民集一一巻一四号二三六三頁)は依然として維持すべきものと思料する。若し本件上告理由第一点所論の如き事実があつたとすれば、右判例の趣旨によるときは、本件訴訟において、被上告人(原告、被控訴人)の訴訟代理人戸毛亮蔵の遂行した訴訟行為は、右弁護士法二五条一号に違反する無効のものである。而して記録によれば、右所論の事実のあつたことの疑は甚だ濃厚であることが認められる。

原審は須らくこのことにつき審査を遂ぐべきであつたにも拘らずその措置に出でないで右訴訟代理人の遂行した訴訟行為を有効なものとして、上告人(被告、控訴人)の控訴を棄却した原審の判断に理由不備の違法があるものとなすべきである。

原判決を破毀し本件を原審に差戻すべきものである。

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 横 田 喜三郎

裁判官 河 村 又 介

裁判官 入 江 俊 郎

裁判官 垂 水 克 己

裁判官 下飯坂 潤 夫

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 横 田 正 俊

裁判官 斎 藤 朔 郎

裁判官 草 鹿 浅之介

裁判官 長 部 謹 吾

上告趣意書

昭和三五年(オ)第九二四号

上告人西林俊一

被上告人北村幸作

上告人猪俣浩三、同伊藤和夫の上告理由

第一点 本件訴訟において、弁護士戸毛亮蔵が第一審、第二審を通じて、被上告人の訴訟代理人として被上告人のため訴訟を遂行しているが、右訴訟代理人の訴訟行為は、弁護士法第二五条第一号に違反する無効のものである。

即ち原審における控訴人(上告人)本人尋問の結果によれば、右弁護士は昭和三十年二月頃上告人より本件訴訟事件につき依頼を受けこれを承諾しておきながら、その後第一審の第一回口頭弁論期日までの間に被上告人より本件訴訟事件を受任し以後本訴を追行しているのであつて、右弁護士の行為は明らかに弁護士法第二五条第一号に違反するものであるから右弁護士によつてなされた本件訴訟行為はすべて無効である。しかも上告人は右に述べた如く原審において同弁護士の弁護士法違反の事実を指摘しているのであるから、右弁護士の訴訟行為を有効なものとした原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるものである。

第二点 原判決には事実認定の法則を誤つた違法があり、破棄を免れない。

原判決はその理由中において挙示の各証拠を綜合して、被上告人主張と略々同一の事実を認定し、結局上告人が第一審口頭弁論期日になした自白は真実に反するものとは云えないとして、自白の徹回は効力がないとしている。しかしながら原判決挙示の証拠中、第一審及び原審における証人上田喜文の各証言同じく被控訴本人尋問の結果は上告人が原審における主張中に詳細に指摘した如く、その内容が尋問の度毎に異なり、且つ相互に矛盾して居るばかりでなく、他の証拠とも食違い到底措信し難いものであり又証人上田喜文に関しては原審も認めているとおり同人が控訴人の委任状を偽造していることからも同人が人格的にも証人として適格性を欠く者なることは明らかである。しかして右上田の証言被上告人の供述が措信し難いものとすれば甲第一、二号証の成立も認むるに由なく、従つて上告人が被上告人より金一五〇万円、金二〇万円を借受けた事実、五〇万円の謝礼金支払契約の事実も到底認定することは出来ないのである。

しかるに原判決がこれと異つた事実を認定をしたのは証拠の価値判断取捨選択を誤つたものであり、判決に影響を及ぼすべき法令違背をなしたものであつて破棄免れない。

第三点 原判決は理由に食違いがあり、破棄を免れない。原判決が事実認定の根拠として列挙した証拠中には第二点において指摘した如く全く措信し難いものを含み、これらに基いて原判決が認定したような事実は到底認定することは出来ないものである。従つて原判決の認定した事実は挙示の証拠と食違つているものであり、これは判決の理由に食違いがあるものであつて破棄を免れない。

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